ごあいさつ

理事長ご挨拶

浜松電子工学奨励会は、今から遡ること80年余り前に設立されました。その経緯は沿革に詳しく記されておりますが、高柳健次郎先生は、当時ラジオ放送が論じられテレビという言葉も日本語にない時に「無線遠視法」としてテレビジョンの研究を、開校したばかりの旧制浜松高等工業学校の助教授として赴任されたときに始めました。大学ではなく地方の高等工業学校で、しかも助教授として始めたのであります。当時の関口校長は若い教員の自由・独創的考えを汲み上げて、文部省に直接掛け合うことまでして研究を始めさせました。高柳先生の電子式テレビジョンは真空管の高い技術が必要で、乏しい研究費の中、手作りの装置で、1926年、「イ」の字のブラウン管上への描像に成功し、1930年、「天皇賜覧」の機会に恵まれ、世の中の注目を集めて研究は進展しました。高柳先生は、米国RCA研究所のツヴォルキン博士を訪問した時に、同博士は高柳を旧知のように迎え入れました。彼は高柳のテレビジョンに関する特許の数々を知っていたからでした。この時、高柳先生は研究のあり方、”役立つ研究のあり方”を学びました。

1940年に開催予定となった東京オリンピックをテレビ放送するという国策により、高柳先生始め技術者がNHKに移ることとなり、当時安達校長は、浜松の学校からすっぽりと研究技術者がいなくなることを憂慮し、高柳先生を併任教授として浜松の研究拠点を温存し、NHKの研究と協力してテレビジョンの研究を推進することとしました。この時、高柳先生の数々の特許に対してNHK使用の対価として多額の報奨金を受け、このことに対して安達校長は、浜松高等工業学校電子工学奨励会という財団法人を文部省から許可を受け設立しました。これは、財源の乏しい地方の学校にあって、NHKと協力してテレビジョンの研究を推進するのに大きく役立ちました。

1945年以降の戦後間もないころに新制静岡大学が発足し、財団法人浜松電子工学奨励会として改称しました。基本財産保全に対して特筆すべきは、学生寮、職員の住居、などの厚生施設が少ない時に、本財団は土地を購入し、職員住居を提供し、実験設備の補助を行い側面から大学の教育研究活動を支援したのでありますが、これらのことが、変化の激しい戦後の時代にあって、結果として、資産を守ることとして貢献しました。

高度経済成長も終わり、不動産の管理維持も大変となり、昭和59年(1984)に、これを売却して基本財産に繰り入れて、この資産を運用することとして、その果実を高柳賞として、電子科学に関する研究に助成し、電子科学の向上発展に寄与することとしました。この財団は、高柳先生の浜松でのテレビジョン研究時代に、乏しい研究費の中で、数々の特許を生み出し、“役立つ研究のあり方”の精神の土台の上に立っております。これからも、この精神の上に研究支援事業を行っていくべきものと思っていますが、多方面からのご意見をいただき、また、ご指導ご鞭撻をお願いいたします。

2018年6月

理事長 畑中 義式

沿革

昭和2年 1927 高柳の数多くのテレビジョンに関する基本的特許、実用新案の知的財産の蓄積がなされた。
昭和10年 1935 蓄積方式撮像管が完成し、今日の全電子式テレビジョン技術の基礎が確立されるに至った。この当時、東京オリンピック開催予定となり、これをテレビ放送する国策が起こる。
昭和11年 1936 高柳以下研究者が日本放送協会(NHK)に移って研究を推進することになった。この時、多くの特許及び実用新案の技術を使うことの見返りとして、NHKより浜松高等工業の学校に多額の報奨金の寄付をうけ、浜松においても引き続きテレビジョンの研究を行うこと、また電子工学に関する研究に助成し、その発達を促進する目的をもって、当時、安達校長により財団設立の申請がなされた。
昭和12年 1937 文部大臣より設立許可を受け、安達校長は、財団法人浜松高等工業学校電子工学奨励会を設立された。
昭和19年 1944 財団法人浜松工業専門学校電子工学奨励会となる。
浜松工業専門学校は昭和26年3月31日に廃止され、新制静岡大学に包括される。
昭和25年 1950 浜松工業専門学校電子研究室から静岡大学工学部附属電子工学研究施設となる。
昭和26年 1951 財団法人浜松工業専門学校電子工学奨励会から、財団法人浜松電子工学奨励会と改称した。
昭和36年 1961 高柳記念館が工学部キャンパス内に完成し、工学部に寄贈された。
昭和40年 1965 国立学校設置法の一部改正により、静岡大学工学部附属電子工学研究施設が廃止され、静岡大学附置電子工学研究所が設置されて、本財団の事務所を広沢町200番地から追分町400番地(現住所表記:城北3丁目5-1)の高柳記念館内に移転した。
本財団の設立後は浜松高等工業学校における電子工学の研究助成および生徒教育上必要な事業の援助を行った。
戦後、特に戦災によって廃嘘に帰した電子研究室に研究費の援助を行い研究員の研究意欲を振興していたが、昭和20年以降、テレビジョンの実用化の時代となり、企業などからの特許実施権の報奨金が積み重ねられた。基本財産確保に対して特筆すべきは、学生寮、職員の住居等、厚生施設不足の時に、本財団は土地を購入し、職員の住居を提供し、実験設備の補助を行い側面から教育研究活動を支援した。
昭和59年 1984 本財団の所有する不動産を売却して基本財産に繰り入れて、この資産を運用することとして、その果実を高柳賞として、表彰し、また、電子科学に関する研究に助成し、電子科学の向上発展に寄与することとした。
平成19年 2007 高柳記念館を高柳記念未来技術創造館に衣替えし、高柳健次郎先生の偉業に加え、テレビジョンの社会(産業界)への波及効果についての具体例などを展示する会館となった。これに伴い、本財団の事務所は、電子工学研究所内に移転した。
平成25年 2013 4月1日付けで「公益財団法人 浜松電子工学奨励会」に移行し現在に至る。