R6年度(2024)高柳研究奨励賞受賞
すりガラスを通して物体を見ようとする時,物体がはっきりと見えないように,すりガラスや生体組織のような散乱媒質は,光にとって「邪魔な存在」として捉えられてきた.申請者は,空間光変調器(例えば,液晶ディスプレイ)を用いた波面整形技術によって,この邪魔な存在であるはずの光散乱を精密に制御することで,散乱媒質を「散乱レンズ」に変換することに成功した.主要論文 1 では,散乱媒質として振る舞うメタサーフェスを設計・作製・使用し,従来の対物レンズの性能(0.5µm の回折限界光スポットを視野 1mm において生成可能な能力)を遥かに超える超広視野特性(0.5µm の回折限界光スポットを視野 8mm において生成可能な能力)を有する散乱レンズを世界で初めて実証した.メタサーフェスは超高精細な電子線ビーム描画装置によって作製しており,本研究は電子科学と光学の融合研究ともいえる.主要論文 2 では,世界で最も高速な一次元の空間光変調器(最大 30MHz のフレームレート)を開発し,さらに散乱媒質との組み合わせによって超高速散乱レンズを実現し,最大 30MHz での光スポット走査を世界で初めて実証した.本成果で開発した高速空間光変調器は,散乱レンズのみならず,例えばパノラマプロジェクタなど様々な電子デバイスへの応用も可能である.
散乱レンズは,空間分解能と視野の観点で対物レンズを遥かに超える性能をもつ一方で,光利用効率が 10-6 と極めて低い.例えばバイオイメージングなどへの応用において,この低い光利用効率が決定的な弱点になる.そこで,現在は,散乱レンズを断念し,波面整形による収差補正を行うことを前提として設計したカスタム対物レンズを作製し,これによって従来対物レンズでは不可能な超広視野イメージング(顕微鏡)技術を提案・開発している.今後は,この超広視野顕微鏡手法によって,マウス脳の皮質全体でのインビボイメージングを実現することを目指している.