R7年度(2025)高柳研究奨励賞受賞
【これまでの研究の概要】
生命科学の進展は計測・解析技術の革新によって支えられてきた。その中心的役割を担ってきたのが顕微鏡であり、「見えないものを可視化する」ことで生命現象の理解を大きく前進させてきた。しかし、生体組織は本質的に強い光散乱体であり、その深部観察は未だに困難な課題である。最大の要因は、生体内部の不均一な屈折率分布が光の伝搬を乱し、顕微鏡の像形成を妨げる点にある。
申請者はこの問題に真正面から取り組み、細胞の透過像から光伝搬を支配する屈折率分布を高精度に再構成する光回折トモグラフィ技術を確立した。さらに得られた屈折率分布をもとに、散乱の影響が消えるように光の逆伝搬を計算機によってシミュレートし、高精細な屈折率像を再構成する手法を開発した。この方法は、まるで計算機内で生体組織を透明化するかのように深部を観察可能とするため、in-silico clearing法(計算機透明化法)と名付けた。その結果、最大260μmに及ぶ細胞塊を高精度に可視化することに成功した。本技術は光学技術と電子工学技術の結晶である計算機科学技術を融合させた新世代の顕微鏡技術であり、従来不可能であった深達度での細胞観察を実現する。
【今後の研究の展開】
本技術は蛍光顕微鏡と融合することで、さらに飛躍的な発展を遂げることが期待される。近年、非染色画像から蛍光像などの分子標識像を推定する機械学習的手法が注目を集めている。本手法で得られる屈折率分布は細胞の3次元の形態学的特徴を網羅的に捉えるため、蛍光顕微鏡との組み合わせにより、従来の顕微鏡では到達不可能であった高次の情報抽出が可能となる。これにより、基礎生命科学における新しい知見の獲得はもちろん、創薬、再生医療、生殖補助医療、畜産、細胞治療など多岐にわたる分野において革新的な応用が期待できる。本技術は生命科学に新たな視座を与え、研究と産業の双方を力強く推進する原動力となる。