R2年度(2020)高柳記念賞受賞
本件研究は、従来のCMOS(トランジスタによる集積回路)の消費電力の原理的限界を打破でき、
量子コンピュータとも高い親和性を有する新たな情報処理技術構築に向けた、ナノスケールシリコンを基盤とした
「電子・電子散乱」とこれに基づく「電子流体」のデバイス応用に関するものである。
トランジスタでは、不純物や欠陥による外的散乱過程が電子伝導を支配しており、このため、電圧印加により得られた
エネルギーは不可避的に熱として散逸する。一方、電子同士の衝突(電子・電子散乱)では、電子系の
エネルギーは保存されるため、その伝導は本質的にエネルギー損失がなく、また、量子性(コヒーレンス)
を付加させることができる。したがって、電子・電子散乱を利用することができれば、
革新的低消費電力デバイス開発と新たな量子情報媒体形成が可能となると期待される。
電子・電子散乱の利用には、競合する外的散乱の性質を詳細に調べ、これを徹底排除する必要がある。 このためまず、極小数個の欠陥の評価技術と不純物電荷の精密制御技術の研究を進めた。 これにより、従来一部の物質のみで観測されていた電子・電子散乱とこれに基づく電子流体効果をナノスケー ルのシリコンデバイス上で顕在化させることに成功した。さらに、電子流体効果に基づき、トランジスタの 原理的限界を超えた低消費電力性を有する新型電流増幅器を提案し実証した。 また、量子情報処理応用に向け、単一の電子・電子散乱過程の検出に成功するとともに、禁制帯中の局在準位における 電子間相互作用(スピン選択則)を明らかにした。
本件研究の特徴は、これまで重要視されてこなかった電子・電子散乱に初めて光を当て、 欠陥・不純物検出手法の高感度化、シリコン上での電子流体の実現と低消費電力性の実証、単一の電子・電子散乱過程 の観測とスピン選択則の解明など、一連の研究をいずれも世界に先駆けて行い、これにより、電子・電子散乱 のデバイス応用に道を開いた点にある。