R3年度(2021)高柳記念賞受賞
パルスレーザー堆積法(PLD法)は集光した紫外線のパルスレーザーをターゲット上に照射した際に発生する気相を用いて薄膜の作製を行う成膜法である。発生直後の気相は陽イオンと電子に電離したプラズマであるが、これらはすぐに再結合して中性となる。再結合は磁場の印加により抑制できることが知られていたが、既往の研究では磁場の印加は熱に弱い希土類磁石を用いて行われていたため成膜温度は室温付近に限られていた。本研究では真空容器内に電磁石を導入したPLD装置(ダイナミックオーロラPLD)を世界に先駆けて開発し、この装置を用いることで、高いエネルギーを有する陽イオンを加熱した基板(最高温度800℃)上に堆積することが可能となり、バルクとは異なる物性や微構造を有する種々のセラミックス薄膜の作製に成功した。
亜鉛フェライトはバルクでは常磁性であるが、本装置で作製した薄膜は強磁性(フェリ磁性)となり、磁化の強さは成膜時に印加する磁場の強度で制御できる。これは、結晶構造内の磁性イオンの分布が成膜時に印加する磁場の強度によって制御することを意味する。
チタン酸ストロンチウムはバルクでは量子常誘電体であるが、本装置で作製した薄膜は強誘電体となる。これは、成膜時の磁場印加により自発的な超格子構造の生成が引き起こされ、膜厚方向に自発分極が誘起されたためである。自発的な超格子構造の生成の原因はスピノーダル分解であるが、バルクではこの分解は生じない。このことは、バルクではスピノーダル分解が報告されていない物質でも、成膜時に磁場を印加するとこの分解が生じることを示唆する。実際、バルクではスピノーダル分解が報告されていない種々の物質について、成膜時に磁場を印加して作製した薄膜ではこの分解が生じて、バルクとは異なる物性が発現することが明らかになった。
本研究はバルクが特段の物性を示さない「物質」を、ユニークな物性を有する「材料」に生まれ変わらせる画期的なものであり、新材料の創成に道を拓くものである。